あん鍼灸院

香川県高松市木太町にある脈診調氣鍼法はり専門 『あん鍼灸院』 です。
お悩みの「爪甲剥離症」「リウマチ・ヘバーデン結節症」「アトピー性皮膚炎・掌蹠膿疱症などの皮膚疾患」「花粉症などのアレルギー疾患」 「自然妊娠できない」「子宮内膜症・卵巣嚢腫などの婦人疾患」「機↓況薪尿病」「緑内障などの眼疾患」「耳鳴り・嗅覚障害などの耳鼻疾患」「味覚障害・咳・喘息などの口舌咽喉疾患」 「顔面などの麻痺・痙攣疾患」 「鬱・躁鬱病・パニック障害」「潰瘍性大腸炎・過敏性腸症候群などの消化器疾患」「バセドウ・橋本病などの甲状腺疾患」「ネフローゼなどの泌尿器疾患」「関節疾患」「頭痛などの血管疾患」の《根本治癒》を目標に、安全で”痛くない”鍼術で『氣の調整』をします。当院のコンセプト、理念、治療方針をご覧下さい。
ご予約は電話:087-887-1466にどうぞ。
「離見の見」/謹賀新年 2020年|あん鍼灸院
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    明けましておめでとうございます

    令和2年元旦

    本年もどうぞよろしくお願いいたします

    初春の営業は7日(火)からです

     

    世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう。

    (クロード・レヴィ=ストロース)

    途中から世界に現れ、やがて先に消えてゆく人類には、その世界に「修復不能な損傷を惹き起す、いかなる権利」もない。人類は世界の主(あるじ)ではない。世界の中で自分が占める位置を知るために、人類は自らの背後にもう一つの眼をもつ必要がある。その眼をフランスの民族学者は、のちに世阿弥の「離見の見」※に倣い「はるかなる視線」と呼んだ。『悲しき熱帯』(川田順造訳)から。(哲学者;鷲田清一のことば)

     

    ※離見の見(りけんのけん)
    観客席より 見る所の 我が風姿は
    我が風姿を 客観的に 見せてくれる
    観客と 同じ所から 同じように見る
    観客と 同じ所から 同じ心で見る
    その境地に 入れて 初めて
    我が姿の 真の姿を 見ることができる

     

    世阿弥が能楽論書「花鏡」で述べた言葉。演者が自らの身体を離れた客観的な目線をもち、あらゆる方向から自身の演技を見る意識のこと。反対に、自己中心的な狭い見方は「我見(がけん)」といい、これによって自己満足に陥ることを厳しく戒めている。

     

    我が目の見るところは 我見なり
    目は前を見て 心は後に置くこと
    我が後姿を 強く自覚しないと
    姿の俗なることが 見えなくなる

     

    今の世界を考えさせられる。

    あん鍼灸院は、離見という意識を持ち続け、患者さまと共に病を克服してゆきたいと思います。


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     脈診調氣鍼法はり専門
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    | あん | 東洋医学、その前に | 01:01 | comments(0) | - |
    皮膚の中の小宇宙|あん鍼灸院
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      人間のからだ、それは皮膚という生きた袋の中に、液体的なものがいっぱい入っていて、その中に骨も内臓も浮かんでいるのだ

      (野口三千三〈みちぞう〉氏)


      このことは、床に横たわり、誰かに足首をもって揺らしてもらえばすぐにわかると、野口体操で知られる体操の理論家は言う。物体の運動は中が固体か液体かで挙動が大きく異なる。ゆで卵は生卵よりよく回転する。身体を使いこなすには、日頃から「皮膚につつまれた液体を実感する」ことが大切だという。『原初生命体としての人間』から。

      「折々のことば」(哲学者:鷲田清一氏のことば)(朝日新聞2019/5/3)

      (野口三千三氏は、元東京芸術大学教授で野口体操教室を主宰した方です。著書『原初生命体としての人間』の中で「からだの主体は脳でなく、体液である」と唱えた。こうした体の動きの実感をもとに野口体操を開発し、演劇、音楽、教育、哲学に影響を与えた。今も大学の声楽教育にこの理論が使われている。)

       

      2015年12月5日、私は同じような夢をみた。以下のように記録している。

      「原生動物が細胞膜を手に入れ、次いで代謝を手に入れ、1個の細胞内で生きることができるように進化した。それが生物を形作り、我々になったと。夢の中で、丸い円盤状の組織の中に器官があり一部の縁は折れ曲がって、裏側に私達の生活がある円盤を見た。」

       

      野口氏は、著書の中で皮膚について書いている。

      『皮膚とは人間にとって何なのであろうか。

      皮膚は、原初生命体の界面の膜である。すべての感覚受容器(視・聴・嗅・味・触)を含む総合的な感覚受容器である、と同時に、脳・神経の原初的形態なのである。脳は、皮膚がからだの中の特定の場所にまとまって出来たもので、皮膚と別物ではない。脳をどうしても高級上位に置きたい人には、皮膚は脳がからだの表面に、薄く伸び展がったものである、といったらどうであろうか。原初形態の脳(原初生命体の膜)は、受容・伝送・処理・反応のすべての働きをしていたものと考えられる。今ある脳は、主として処理の働きを受けもっているのであるが… 。心と言うことばを使うならば、皮膚は「もの」としてここにある心である、というべきであろう。現在の人間は、触覚から視覚・聴覚・嗅覚・味覚というように、分化・特殊化することによって進化してきたと考えられている。しかしそのために、もともとはすべての感覚が触覚に統合されるはずのに、「触覚」を五感の中のひとつとしてしか考えられなくなった、という誤りを犯してしまっている。すべての感覚はもともと「触覚」にその本質があることを思い知るべきだ。そして、現在すでに分化・特殊化されたものと思い込んでいる触覚の中身には、まだはかり知れない多くの何かがふくまれひそんでいるはずである。触覚の奥深い未知の能力には、敬虔・畏怖の念をもって向かい合うべきものだと考える。人間の触れるという働きの中で、最も強く「体気」が出入りする所のひとつが、手・掌・指である。本気で触れた時、どんなに驚くべきことが起こるか、体験しないとまったく想像もつかないようなことが起こるのである。本気とは「本当の気」である。協力の在り方の中で、ぜひ体験してほしいと願っている。』

       

      骨を中心として考えると人の身体はそこにぶら下がった内臓や皮膚と考えがちだが、上記のように皮膚という袋の中に浮いている骨や内臓という切り口は、私には新鮮だ。骨、特に脊柱はそれを支える腱を緩めると脊椎がバラバラになる。だから、均衡が崩れると背柱が前後左右に曲がる。皮膚に包まれ外界から隔離された人の身体は、確かに原初生命体である。皮膚が最初に発生した、最も大切な臓器であるように思える。鳥や爬虫類などの卵もまた、生命の胚が体液(白身)に浮かび、それを卵殻膜という皮膚に近い膜で覆うとともに卵殻という骨で補強しているようにみえる。皮膚も卵も穴がいっぱい空いている。38億年続く地球生命体の歴史をずーと遡ってゆくと、ヒトもまた非常に単純な生命体に行き着く。そこを突き詰めてゆけば、私たちの本当の姿が見えてくると思う。単純ゆえに最小限の機能がある。最大の臓器は、内臓というより外臓と言うべきか、皮膚である。原初生命体には袋状の細胞膜、つまり原初的皮膚が体液と内臓を包み込み生命体として生きてきた。そこに、鞭毛や繊毛のような毛状の体毛が発生する。これによって生命体は、移動できるようになった。いわゆるミドリムシやゾウリムシのようなもので、現在残っている体内の細胞は精子だ。それがどんどん進化というより、変化して鱗を持つ魚類になったと想像する。魚類は、海藻が陸地に上がって草木になり森を形成した所へ向かって鱗をつけたまま上陸した。それが爬虫類。ところが、両生類には鱗がない。然し、粘膜で覆われて粘液で満たされている。両生類は鱗を持たない魚類が爬虫類より先に上陸したらしい。爬虫類は鱗を羽毛に変化させ鳥類になる。さらに、鱗は毛になり哺乳動物に分化する。遂には、ヒトは何とその毛を取り去った。その結果、皮膚は外界に晒された。反面、ヒトはその陰陽(女や男)を問わず強い興味を示す、豊かな乳房を手にした。細胞膜つまり、皮膚という見地から生物の変化を連続して見て行くと色々なものが見えてくる。

      アッ。随分前に、コロンブスのゆで卵ならぬ「生卵」を机の上の立てる話が天声人語の単行本(辰濃和男 著)に「立春の卵」と題して載っていて、家族や会社の人たちの前で「生卵」を机の上にそっと立てて自慢していました。卵の尖った方を上にして(下でも良い)、そーっと置くとすっくと立つ。接するところがただ一点であっても立つべくして立っている。そうか、この時の話も、野口三千三氏の「原初生命体としての人間」だったのか。

       

      皮膚は、肉体と外界を分け隔てる袋状の臓器であるだけではない。熱かったり冷たかったり、痛かったり痒かったり、大気圧や気温を感じ、風を感じ、音を感じ、光と影を感じ、他人の視線や気を感じる感覚器であり、皮膚呼吸をしたり、触られると気持ちが良かったり触って相手を好きになったり、さらには私たちの仕事、鍼術の治療線(点ではない)があり病気を根本から治すなど、皮膚の役目は多い。ヒトの卵子は受精後、細胞分裂してゆく。皮膚と脳いずれも、卵子受精後16日目位の胚盤胞の中葉という場所から発生する。つまり、皮膚と脳は性質が近く、脳の一部が皮膚ではなく、皮膚の一部が脳であるように感じる。脳の位置は脊髄神経の末端にあり脊髄神経の膨らみと言われている。ここで直感するのは、どうも細胞膜といえる袋状の皮膚は自律しているのではないかということだ。

       

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      | あん | 東洋医学、その前に | 23:50 | comments(0) | - |
      東洋医学からみた胎児の世界|あん鍼灸院
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        『胎児は…僅か1週間で、あの1億年を費やした脊椎動物の上陸史を夢の如くに再現する』
        (三木成夫)

        胎児は受胎後しばらくして、軟骨魚類から爬虫類、哺乳類の顔貌を次々とその面に漂わせ、最後にヒトの顔になるという。ヒトの顔にサメやクマなどの「面影」が浮かぶのを見て、どこか懐かしく感じるのも理由のあることなのだ。ヒトと他の生き物とを、差異ではなく連続のほうから見ること。解剖学者の「胎児の世界」から。
        (哲学者:鷲田清一さんのことば 朝日新聞2015/8/19)

         

         当鍼灸院に来ていただいた患者様に東洋医学の概念をお話ししている。

         宇宙にビッグバーンが起こり遠心性の力が働く。宇宙が膨張し長い時間を経て、中心にある質量の重い物体に求心的に引き寄せられ衝突し、それを繰り返すことで地球や星々ができた。太陽系では太陽を中心に、惑星は一定の軌道を一定の時間で回転する。その宇宙と地球のもとで生命体は生まれ、そして変化成長し、ヒトはいま宇宙と地球の影響を身体に受けている。その宇宙と地球の変化、例えば気圧が変化したとき、ヒトがそれに対応できずに病になる。おおよそ身体には遠心性の力と求心性の力が働き、および生命維持の平衡状態(動態平衡)を保っているが、それが崩れて病になる。そして、体内の体質変化から様々な内因性の病に罹る。体外からのウイルスの侵入を防ぐために戦い、戦いが終わるまで病になる。寒さや暑さにやられて膀胱炎になる。高湿度や高温度にやられて熱中症になる。病気も又、自然現象である。地球の自然全ては宇宙の法則に基づいている。東洋医学はその森羅万象を体と心と病に理路整然と関連づけている。この医学は、病気という体質変動に対して体という小宇宙の中で気の平衡を整え、元気な体と心を持つ健康体質を取り戻すことを目的とする(『宇宙・世界の本質は陰陽一気で成り立ち、陰陽の「対立」と「統一」によるものである』という陰陽論の考え方に基づいている)。

         

         地球ができるときに周りの星の氷を取り込んだ。化学的に分解していた水素と酸素が、雷などの電気によって再合成されて海ができた。生物の変化成長は、海の中で宇宙の影響を受けて地球に有機物が発生し、それが地球という環境の中で代謝という機能を取得したことから出発する。食べ物を取り込み、自分の体の中でエネルギー(後天の気)を作る。それを使い成長する。水があったことから、その中で色々な生物に変化した。ヒトもまた、羊水という水の中で成長し、空気という気体の中に生まれてくる。

         

         生物の上陸史は、海藻が陸地に上陸し草木になり森を形成することから始まる。そこに食物を求めて動物が海から陸地に上がってくる。呼吸方法が変わる。魚類が爬虫類に、あるいは両生類になる。爬虫類の中から前足に羽毛が生えて翼の様になり空を飛ぶ鳥類になる。爬虫類の中から哺乳類が発生し長い時間を経てヒトにも変化してゆく。その連続の流れからみると、魚類も爬虫類も自分たちの祖先である。血液の成分もよく似ていて海の成分からできている。おおむね四肢があり脊椎があり頭があり皮膚で覆われている。内臓もよく似ていて神経や血管もほぼ同じである。身体の恒常性、つまり健康を保つ仕組みは皆、同じである。アメーバなどの原初生命体は、その機能以前の生命体である。そこにも代謝という機能があり生命を維持している。それも細胞膜という袋の中で。原初生命体には脳がない。今でも脳がない生物はいる。ならば、どこで生命の恒常性を維持しているのか? そう考えてゆくと、分からないことだらけである。今も宇宙のこと、地球のこと、海のこと、大地のこと、大気のこと、生命のこと、病のこと、自分のこと、分からないことだらけだ。科学が将来、全てを解決してくれると科学者はいう。しかし、ごく一部はわかっても、その全体の解明は程遠く不可能であろう。

         

        では、身近な病にどう対処するのか。科学者は、近い将来、画期的な遺伝子治療成果で病を根本的に治せるようになるという。そうだろうか? その答えは『46億年続く地球の自然に、そして38億年続く地球生命体のありのままに忠実であることのみが、病を根本的に治す』と考える。

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        | あん | 東洋医学、その前に | 00:18 | comments(0) | - |
        脳を捨てた動物たち|あん鍼灸院
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          二つの面白い記事を紹介します。

          テーマは『脳を捨てた動物たち』

           

          一つ目

           理研BSIニュースNo.27(2005年)から転載

          「脳を捨てた動物たち」

          理化学研究所

          比較神経発生研究チーム

          チームリーダー

          有賀 純  氏

          私たちはさまざまな生き物の遺伝子構造比較により、脳の成り立ちに重要な遺伝子情報を探索しています。これまでにいろいろな動物を実験材料にしてきましたが、その神経組織の多様性には驚くばかりです。クラゲやイソギンチャクの仲間のように、神経細胞がそれほど密集しておらず、散在神経系と呼ばれるものから、イカ・タコのように中枢化の進んだカゴ型の神経系を持つもの、はたまた、神経管の前端に複雑な構造(脳)を有するヒトのような脊椎動物まで多岐にわたります。

           

          このような神経組織の多様性を説明するときに、進化の過程で神経組織の中枢化が進み、ヒトのような「高等動物」が出来上がったのだということは良く論じられます。「進化が進む」とよく言われますが、この言葉はしばしば、聞く側に『進化は複雑な動物を生み出す方向にのみ進む』という誤ったイメージを与えがちです。生物の遺伝子情報は絶えず揺らいでおり、さまざまな変異(多様性)が生み出されますが、「進化」とはある環境で生き延びるのに適した体の構造や生活様式に必要な遺伝子情報を持った生き物が選ばれていく過程であると考えられています。ですから、ある体の構造がより強調され複雑化していく場合もあれば、逆に目的に合わない構造を捨てて単純化していく場合もあります。

           

          脳について見てみますと、ヒトのように脳を発達させて種を繁栄させていったものもありますが、一方で進化の過程で「脳はいらない」と言って、捨てていったかのように見える動物もあります。例えば、ホヤは浅い海岸などに広く棲息し、食用としてもなじみの深い動物ですが、幼生の時期には他の脊索動物と良く似た神経管・脊索などの構造を持っています。しかし、発生の過程でこれらは失われてしまい、成体に残るのはとても単純な構造を持った神経節だけです(脳はない)。彼らは、海水中での固着生活に適応した非常に簡略化された神経系を残すことによって、子孫を繁栄させて進化の過程で生き残った「勝ち組」です。また、ヒトデ・ウニ・ナマコなどの仲間(棘皮動物)にウミシダがあります(写真)。これは化石などの記録からはこのグループの祖先に近いと考えられていますが、より後の時代に登場したと考えられているヒトデなどよりも、複雑な神経系を持っています。

          ニッポンウミシダ。この「原始的だが高等な」動物は、昨年、チームの一員が採集してきたものです。右は底面からみたところ。

           

          極端な例として、神経組織はいっさい捨ててしまったと考えられているニハイチュウのような動物もいます(脳はない)。これはタコやイカなどの腎臓に寄生する、細胞数が多くても50ほどしかない非常に小さな動物ですが、神経組織をまったく持っていません。しかし、遺伝子の比較から、神経を持つ無脊椎動物の祖先から「進化」してきたものと考えられています。環境によっては、脳はおろか神経組織すら無くても生存を続けられるのでしょう。このように見てみると、脳をふくらませ、高度な「知性」を持つことだけが子孫を残して繁栄させるための唯一の有効な手段ではなさそうです。

           

          私たちは、最終的にはヒトの脳を知りたくて研究を進めていますが、脳は研究対象として非常に魅力的であると同時に、使い方によっては非常に「危険」なものと思われます。ヒトはその脳の故に、地球の環境を激変させ、多くの生物を絶滅の危機に追い込んでしまいました。また、大量殺戮兵器の開発など、ヒト自身の繁栄に対して、マイナスと思えるような活動も生み出しています。脳のおかげで現在の繁栄を勝ち取っているヒトですが、脳の無いニハイチュウとどちらが地球上で長く生き延びられるのか、簡単に予想できないところに怖さがあります。

          (理化学研究所)

           

           二つ目

          脳のないナマコから学べることってあるの⁉ 

          生物学者 本川達雄氏に聞く
          (朝日新聞ブログ「DANROひとりを楽しむ」から転載)
          取材:土井大輔氏 2018.05.28

          生き物なのに、目もなければ鼻もない。それどころか、心臓や脳みそもない。群れを作らず、海のなかでただ砂を食べているーー。それが、ナマコです。
          脳がないということは当然、悩みもないということ。それってある意味、究極の生き方では? もしかして、ナマコから学べることがあるのでは? そう思いたって、生物学者・本川達雄さん(70)に会いにいきました。
          本川さんは、ナマコ研究の第一人者。東京工業大学の名誉教授で、ベストセラーとなった『ゾウの時間 ネズミの時間』の著者としても知られています。

          ーーナマコには脳がないということですが、「脳のない生物」がいること自体、感覚的に理解できないというか、うまく飲み込めません。
          本川:脳というのは、神経細胞が集まった塊です。目からの入力に対して膨らんでいる部分があったり、鼻からの情報に対して膨らんでいる部分があったりして、感覚器官につながっているのです。ナマコのように感覚器官のない生物には、それがいらないわけです。

          本川達雄さんが研究したナマコ(写真はジャノメナマコ/本川さん提供)

           

          ーーまさに「無神経」ですか。
          本川:ナマコにも神経はあるんです。ただ、それを処理する、いわば大規模なコンピューターがないんですね。
          ーーそうだとすると、結局、ナマコは「進化」したのですか? それとも「退化」したのですか?
          本川:退化といえば退化なんですが、ナマコやウニ、ヒトデなどの『棘皮(きょくひ)動物』は、動かなくていい生活をするようになったんです。砂についた栄養をとったり、流れてくる微生物を身体のなかの『網』で濾(こ)して食べたり。それにともなって、脳なんか、なくなっちゃった。

          ーーなんとも不思議な生物ですね。
          本川:それでもホヤやナマコ、ヒトデなどは、昆虫なんかと比べると、僕らヒトと非常に近い生物です。ヒトとナマコはいわば同じ系統でありながら、神経を発達させるかさせないかで両極端にいっちゃったんですね。 

          「歌う生物学者」としても知られる本川達雄さん
          ーー本川さんは、なぜナマコを研究することになったのでしょうか?
          本川:沖縄が本土復帰してから7年目に、琉球大学の研究施設に行ったら、その近くの海にナマコがたくさんいたんです。なぜ沖縄に行ったかというと、東大での助手時代、「若い研究者を沖縄に送ってほしい」という話があったからです。
          ーー自ら志願したんですか?
          本川:学生運動のとき、あれだけ沖縄の本土復帰を訴えていた人たちが、誰も手を挙げないんです。学生運動を引っぱっていた人たちは頭が良かったから、変わり身も早かった。それに腹が立って、僕が手を挙げたんです。行ってみたら、機材はない、学生がいない、研究用のマウスを手配する流通もない状態で、大変でした。
          ーー「海の生き物が好きだったから」という理由ではないんですか?
          本川:いえ、動物は嫌いなんです。
          ーーでは、なぜ、そちらの道に進んだのでしょうか。
          本川:僕が学生だったころ、理学部では素粒子物理学が華やかでした。究極の粒子である素粒子がわかれば、世界がわかると考えていたんです。一方、文学部や心理学部では、脳や心がわかればすべてがわかると思っている。僕には、そのどちらもが偏った見方に思えた。だったら、その真ん中くらいをいこうと。それは動物学じゃないかと考えた。だから動物は嫌いだったけど、そこに進もうと決めたんです。

          ーー「素粒子」でも「脳や心」でもないところから、世界を解明しようとした?
          本川:解明しようなんて思いません。世の中を解明することなんてできませんから。ただ、理解したかったんです。理解というのは、人間の理性が腑に落ちて納得すること。それが真理かどうかは、わからないんです。科学の世界には科学の世界の「真理」がありますが、それは「こういう風に解釈すれば納得できる」という納得の部分をいっているだけで、現象学の話なんですね。
          ーー難しい話ですが、少しわかった気がします。
          本川:それこそ、ナマコなんて、我々とは世界が違うわけです。だから多くの人は、異質なものとして排除してしまう。でも、違う世界を理解しようとする姿勢こそが大切です。科学では共通性ばかりをいうけども、むしろ共通でないところが大事。ナマコの研究でも、ナマコという不可解なものを理解可能なものにできるかが勝負だった。
          ーーわからないからこそ、向き合うということですね。
          本川:いまは皆、お気に入りのものだけを周りに集めて、自分の世界を作っている。でも、それで世界が広がったように感じるのは、危ういと思います。自分とは違うものをいかに理解して付き合っていくかというのをやらないと、世界は広がっていきません。

           

           

          このお二人の「脳を捨てた動物」の話は如何だったでしょうか?

          ホヤやナマコは脳は無くても、生命の維持だけではなく子孫もたくさん残して勝ち組だと言われる。

          では、脳も神経も捨てた動物はどのような仕組みで生きているのでしょうか? 

          脳も心臓も捨てた動物の代謝や繁殖はどのようにされているのでしょうか?

           

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          | あん | 東洋医学、その前に | 18:35 | comments(0) | - |
          遇うて空しく過ぐる勿れ/謹賀新年2019年|あん鍼灸院
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            明けましておめでとうございます

            平成31年元旦

             

            本年もどうぞよろしくお願いいたします

            初春の営業は4日(金)からです

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

             

            遇うて空しく過ぐる勿(なか)れ

             (哲学者:九鬼〈くき〉周造)

                 ◇

            ”偶然とは、偶々(たまたま)「あった」が「ない」こともありえたということ”。この〈私〉も両親の偶々の結ばれから生まれた。そのかぎりで〈私〉が今ここにこうしてあることに最終的な根拠はない。が、この偶然は人生を最後まで制約する。そう、偶然は必然へと裏返る。〈私〉の存在が意味をもつのは、この裏返りに孕(はら)まれた可能性を生き抜く時だけだと哲学者は言う。『偶然性の問題』から。(哲学者:鷲田清一氏のことば)

             

            「遇うて空しく過ぐる勿れ」は、親鸞聖人『浄土論』にあるそうだ(*)。

            東洋思想の陰陽論では、陰転じて陽となす、陽転じて陰となすという。

            自然のものはすべて偶然から起こっている。その偶然がこの自然を支配している。医療もまた、偶然に起こった病に立ち向かわねばならない。その治す方法もまた、偶然性というところから離れることはできない。東洋医学は、それをよく観察していて、見える結果現象を捉えるのではなく、偶然の裏返りからくる必然という見えない原因を見つけ出す考え方だと思う。

            人はいくつもの症状が偶々起こり色々な病気になったと思い込んでいるが、実は(それらの症状の芽を掘り起こすと根はお互いに絡み合って一つの根塊(原因)を成していて)必然であったということがわかる。その病は、根塊を治すことで、一つ一つの根がほどけ症状という芽が枯れ、無くなってゆく。

            (*)東本願寺HP>真宗の教え>宗祖としての親鸞聖人に遇う>飛躍する偶然性

             

            今年も努力を尽くして、患者様の治療に臨みたいと思います。

            病の根塊を治して多くの症状を無くし、春よ〜🎶(歌)となりますように。

            本年もどうぞ、よろしくお願いいたします。

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            | あん | 東洋医学、その前に | 17:02 | comments(0) | - |
            今、いのちがあなたを生きている/謹賀新年2018年|あん鍼灸院
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              明けましておめでとうございます

              平成30年元旦

               

              本年もどうぞよろしくお願いいたします

              初春の営業は5日(金)からです

              2018戌

              今、いのちがあなたを生きている

               (真宗大谷派東本願寺)

                   ◇

               2011年に催された親鸞聖人の七百五十回御遠忌のテーマ。私が自らのいのちを生きるのではなく、いのちが私を生きていると考えるよう呼びかけた。これにふれて思い出したのが、臨床心理学を専攻する友人の、「身体こそ魂なのであって、魂という容(い)れ物の中を〈私〉が出入りする」という謎めいた言葉。共通するのは、身体を「私の所有物」とする考えを斥(しりぞ)けていること。(哲学者;鷲田清一氏)

               

              東洋医学の基本理念である。現代医学もまた、解剖学的にはそう思っている。私という感覚を育む脳は身体とは別物である。身体は勝手に活動している。そこに私という脳は介入できない。脳にできることは、手足を動かす、考えるとか、視る、聞く、臭う、触る、味わうの五感の部分と限定されている。だから、身体が「魂(こん)」、即ち、「いのち」なのです。私はその上に寄生しているだけなのです。

               

              魂である身体を、私という脳がコントロールするのは難しい。ましてや思うように治療するのは、もっと難しい。しかし、挑んでいきたいと思っています。

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               脈診調氣鍼法はり専門
               あん鍼灸院
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              | あん | 東洋医学、その前に | 22:31 | comments(0) | - |
              わからないけれど、これは大事と知ること/謹賀新年2017年|あん鍼灸院
              0

                明けましておめでとうございます

                平成29年元旦

                 

                本年もどうぞよろしくお願いいたします

                初春の営業は6日(金)からです

                 

                世界のことがわかってきたような気になるのは、わからないものを切り捨てていくからである。

                (養老孟司)

                 

                昆虫採集で諸地域を訪れる解剖学者は、自然のことは今もってわからないことばかりだと言う。「進歩」なんぞも、だから信じられなくなると。わからないけれど、これは大事と知ること。わからないものを前にして、わからないまま、それに正確に対処できること。生きるにはこの方が重要なのだろう。

                (哲学者 鷲田清一さんの言葉から)

                 

                (追記)昨年から鍼灸師が1名、加わりました。宇宙が創った体に起こる病は現代医学の最先端技術を駆使してもわからないこと、治らないことが大変多いけれど、病に対し氣を調整する東洋医学鍼術で正確に対処できるように、あん鍼灸院は二人の鍼灸師で頑張ります。

                | あん | 東洋医学、その前に | 22:04 | comments(0) | - |
                述而不作、信而好古/謹賀新年2016年|あん鍼灸院
                0

                  明けましておめでとうございます 
                  2016年元旦


                  本年、あん鍼灸院は新しい店舗に変わります(3月予定)
                  新しい気持ちで治療にたずわりますので、宜しくお願い申し上げます
                  新年は1月5日から始まります


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                  述而不作、信而好古(孔子)
                   「述べて作らず、信じて古(いにしえ)を好む」「述べる」とは、語り継がれてきた古典を祖述すること。「作る」とは新しく創ること。とはいえ、古典をお題目のようにくり返せばいいと言うものでもない。「信じる」とは、賢人が言い伝えんとしてきた知恵の中から、これこそ本当に大事と思われることを一身を懸けて選び取ること、継ぐことである。「論語」述而第七から(鷲田清一さんの言葉から)。
                  | あん | 東洋医学、その前に | 11:00 | comments(0) | - |
                  東洋医学の「氣」とは何か|あん鍼灸院
                  0

                    昔から病は気から、と言われている。現代ではその気が、気持ちの意味に使われている。つまり、気の持ち方で病になる、である。本当の意味は、病は身体の皮膚表面を走る”気の流れの変化”から起こる、である。東洋医学のいう気は『』と書く。

                    では、『氣』とは何か?
                    東洋思想から物事、現象を考えない方々からすると掴み難い、見えない、訳のわからないもの、科学的でないものと思われている。しかし、この医療に携わると、その医療哲学の深遠さと、まさに自然科学であることが分かってくる。氣と自然と宇宙の関係を考えて治療するとかなりの病が治り、私でも「ああ、治せる」と実感できる。それは先人の業績を見ても分かる。たくさんの病を治している。治らなければ、その治療が間違っている。さて、氣は、エネルギーであり電子の移動現象、つまり微弱電流である。「氣のイメージ」としてはクラゲが発光しているのを見たことがあるでしょう。体表を光が移動して見える様を思い浮かべてみる。体表を電流が流れているのを想像できる。たまたま、発光体を刺激して光っているのだが、電子の移動に他ならない。

                    「氣」という字を白川静氏の辞書「常用字解」で調べてみた。
                    『もとの字は氣に作り、音符は气(き)。气は雲の流れる形で、雲気をいう。气は生命の源泉、おおもととされ、米(穀類)はその気を養うもとであるというので气に米を加えて氣となった。また餼(き)とも書き、氣が餼(贈り物の意味)のもとの字である。氣は全ての活動力の源泉であり、大気(地球を取り巻く空気の全体)・元気(活動の源となる気力)として存在し、人は気息(呼吸のこと)することによって生きる。また、人に現れるものを気質(気だて、気性)・気風(集団や同じ地域の人々が共通に持っているとみられる気質)という。』以上の様な説明である。

                    は「生命体の活動力の源泉」で、体質(からだ)と気質(こころ)を決定する。それによって、生命体の恒常性が維持され健康でいられるが、維持できなければ病気となる。私達が健康に生活できるのは、脳がしっかりしているからでも、内臓が強いからという訳でもない。脳死の状態でも身体は機能している。全身を氣がしっかり流注して生命体の恒常性を維持しているからである。例えば、太陽系の宇宙は規則正しい周期で太陽の周りを地球や木星、火星、土星、金星、水星などが回転している。宇宙エネルギーによって宇宙の恒常性が保たれている。この宇宙エネルギーが「天の氣」と呼ばれるもので、これによって生命体は生かされ恒常性を維持している。地球生命体は地球に生まれて進化または変化し育ってきたゆえに、地球エネルギーによっても生命体は生かされている。地球エネルギーを「地の氣」と呼ぶ。地球エネルギーには、宗気、栄気、衛気がある。宗気(そうき)は酸素や窒素などの空気中に発散された氣、栄気(えいき)は食べ物から得た氣でエネルギー源です。衛気(えき)は邪から身体を守る氣で、外界環境から受ける侵襲や今でいう細菌やウィルスなどと戦う抗原抗体反応を指し免疫力のことである。三千年以上前からこの免疫概念があったことに何か卓越した崇高な医療哲学があったことが伺われます。

                    このように宇宙と地球の氣によって、地球生命体は生かされている。したがって、生命体には、宇宙がそのまま反映されているという考え方が東洋医学です。生命体を小宇宙と考えるのはその背景があるからです。その地球生命体の「病」はこれまで述べてきましたように「氣の変動」から起こってきます。氣は身体という小宇宙内の軌道、すなわち経絡(12本の経脈とその支流の絡脈)を流れ、その変動を元に戻せば病は治癒します。これが東洋医学の治療基本理念です。このように東洋医学は、まさに宇宙自然と生命体の関係を真に研究した自然科学だと気づきます。

                    (2015/9/23記)

                    以上
                    「あん鍼灸院の治療方針」
                    「あん鍼灸院で治る病症」
                    「あん鍼灸院へのアクセス」
                    (遠方よりお越しの患者様へ)

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                     脈診流調氣鍼法はり専門
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                    | あん | 東洋医学、その前に | 22:36 | comments(0) | - |
                    脈診とは
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                      患者さんの脈を診ていると、一人一人の脈が違います。両手首の3カ所の脈、それも浅いところの脈、中間の脈、深いところの脈をみて、診断することを脈診といいます。脈診は病名をつけるために行うものではなく、患者さんの現在の体質を見るものです。
                      同じような症状でも人によって、脈診から決める「証」というものが異なります。この証とは東洋医学の診断名で病名ではありません。つまり、同じような症状でも証が異なることは多いのです。症状の急性期、最盛期、慢性期ででも脈は変わってゆきます。それを読みとり、脈の訴えるところを「はり」で調整します。それによって体質改善され、生命力が強くなり治療してゆきます。
                      脈診を用いた鍼灸経絡治療とは、生命力の強化を主眼とする体質改善治療です。

                      「あん鍼灸院の治療方針」
                      「あん鍼灸院で治る病症」
                      (遠方よりお越しの患者樣へ)

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                      | あん | 東洋医学、その前に | 11:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
                      経絡治療の実感とは
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                        患者Oさんが来院。全身調整をする経絡治療をすると「最近疲れが貯まり、今朝は脈拍数が高くドキドキしていたが、鍼をするにつれてそのドキドキがなくなって楽になってきましたよ。これは自分に合っているかもしれない。自分はどちらかといえば鍼をすると後で身体が重だるくなりやすい体質なんですよ。」とおっしゃいました。当院が行う伝統的経絡治療は、中国後漢時代に完成した鍼灸術が飛鳥、奈良時代に日本に伝わったものです。それは時代に合わせて変化をしてゆきましたが、基本の考え方はほとんどそのままを伝承されました。「経絡という生命統制のメカニズムを整えるツボにはり灸をして、生命の生き抜く力、病気を治す力、すなわち生命力を強化する」という理念の治療法です。
                        その鍼灸術を行う私にとって、Oさんの言葉は励みになりました。

                        「あん鍼灸院の治療方針」
                        「あん鍼灸院で治る病症」
                        (遠方よりお越しの患者樣へ)

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                        | あん | 東洋医学、その前に | 13:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
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